人生讃歌

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死ぬまで生きること。



初めに言っちゃうと、僕は命を大切にしないヤツってのは大嫌いだ。
ちょっと前にも「死ぬの意味が軽率にみられている」みたいな事言ったけど、やはり命は大切にすべきだと思う。

とはいえ、僕も人間。
いかに命が大切だと言おうが、別にベジタリアンでもないし牛肉だって鶏肉だってシラスの踊り食いだって食べちゃう。
人間とその他の動物。命の重さに違いはないとは言えど現実問題、人間の命の方が尊いに決まってる。
こういうこと言うとエゴだなんだと言われそうだから、言い換えると「同族の命」の方が大事なのは仕方がないことだ。

今回のこの記事。
初めに断っておくと、親族に自殺で亡くなった方がいたり自分自身が自殺未遂を起こしていたり、また実際に自殺でもう死んでいる読者さんがいたならばここで読むのをやめてもらいたいと思います。はっきり言ってボロカス言います。万人に好かれる文章なんか僕は書けません。





近年、この日本では自殺者が増えています。
日本人の死亡理由の上位にはいつも自殺が入っています。
確かに不景気やその他いろいろの原因が折り重なって増えているんだろうけど、一番の理由は日本人の弱体化にあるんだと思います。
嬉しいことに僕は10代を始めとする結構若い女の子となんだかんだ連絡取ったりSNSでやりとりしたりすることも多いですけど、そりゃあもう多感が年齢ですからね。毎日悩みやら愚痴やらをぶつけてくれます。
そんなもんこっちは読んでて楽しくもなんともないので、かわりにエロ写メでもぶつけてくれりゃいいのにと心の底から思いますけれど、目に入ってくるその「悩み」を見てみるとしょーもないものが非常に多いんです。
例を挙げると「親の理解がない」みたいなことも多いですね。「門限が厳しい」「髪を染めるのを反対された。」「ただ何となくむかつく。」など。
本人にとっては深刻な悩みなんだろうけど、僕からしたら「んなもん知るか。」としか思えません。

「親孝行したいときには親はなし。」とはよく言ったもので、親の偉大さ、大切さを知る得る年齢になったら親はすでに他界している。ということわざです。まさにそれ。
いや、僕の両親のまだまだ健在なんですけど、学生の頃あんだけうっとうしかった親たちは今では懐かしいというかなんというか、すでに一家の主として生活している僕にとっては、別に同居してもいい気がする。しないけど。

それに昔々。とまで言わずほんの昭和の頃ですら「親父」っていうのはもう絶対的な存在で、もちろん言う事を聞くのは当然ですが敬語で話しかける、食事は別のもの、もちろん父親よりさきに食べてはいけないなどの時代もあったほどですからね。
それが今では携帯片手に「チョーむかつく。」ですからね。頑張れニッポンの親父!

親父の話は良いとして、ただそんな親に「ダメ」と言われたからってうだうだ悩むのが間違いってものです。
ましてや「死にたい」と言い出すほどの悩みではないと言う事です。

はっきり言ってしまうと「自殺者」というのは、酷いようですが不良品です。
いや、こういうと死者への冒涜みたいになってしまうので訂正しますが「本気で死ぬ気などないのに自殺ごっこするヤツ」ってのはとんだ欠陥品なのです。

家族関係の悩みや恋愛に失敗した、仕事がうまくいっていない。
そんな理由で自ら命を絶とうとする人がいます。
特に若い女性に多いちょっとした自殺を匂わせる感じ、僕は「プチ自殺」と呼んでますけど、あれって本当は死ぬつもりなんてないんです。

よく血を見ることで生きている実感を持てるとか言って手首切ったりしてるドアホが居ますけど、生きてる実感なんぞいくらでも持てる、そんなことしなくてもね。

ただ、自殺をほのめかしちやほやされたいだけなんです。あんなもん。


昔ですね、聞いた話なので誤解しないでもらいたいんですが、
どこかの誰かさんが友人が自殺未遂を起こしたって聞いて、その手の人が大嫌いな僕・・いや、誰かがブチ切れましてですね。聞いた話ですよ。
長い金属の棒みたいなものでその自殺未遂者をボコボコにしに行ったことがあったんです。「そんなに死にたきゃオレが殺してやるわ」と言いながら。

面白いものでその未遂者はどうしたと思います?
頭を守るんですよね。
腕を血だらけにしながら必死に頭を守るんですよ。致命傷を防ぐために。
でもこれっておかしくないですか?死にたいはずなのに、死なないように頭を守る。なんで?

つまりは「死にたくない」んです。
このままじゃ死んじゃうかもよって周りに思わせてチヤホヤされたいだけなんです。


そんな自殺志願者の常套句、
「何のために生きているか分からない。」
こんな言葉があります。

僕にとってその言葉の意味が分からない。
人間は何かのために生きてるのではなく、
「生きるために、何かをしている。」のだ。

生きるために仕事をし、生きるために食事をとり、生きるために恋愛をする。
人間の最終目標というのは「死ぬまで生きること。」なのだ。

他の動物を見てもすべて「生きるため」にさまざまなことをやっている。
生きるために狩りをし、生きるためには時に親や子を殺す事すらある。すべて生きるために生きているのだ。

人は無駄につけてしまった知性のせいで時に「生きること」を軽率に考えてしまう。
その結果、自ら命を絶とうとするという頭の悪い行動を起こしてしまうのだ。


何のために生きるのか。
そう思った時には思い出してほしい。

生きるために、何をするのか。

これが人生の真意なのだ。




僕はとりあえず今は生きるために仕事をする。
さっきも後輩に「近所にできたパン屋さん、レジの子がすっごい巨乳!メロンパン!」というメールを送ろうとしたら間違えて社員全員に送ってしまった。死にたい。


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